口裂け女 :怪談・妖怪系の都市伝説
日本国内の代表的な都市伝説といえば『口裂け女』です。
日本国内に留まらず2004年には、韓国で『赤いマスクの女』として新たな都市伝説を生んでいます。
『口裂け女』の都市伝説が、多くの子供たちを(大人たちも含め)騒がせたのは1978年の暮れ頃からです。
地域によっていろんな説がありますが、おおむね概要はこうです。
夜道で長い髪にマスクをした女が「わたし、きれい?」とたずねる。
「きれい」と答えるとマスクをはずして「これでも、きれい?」と耳まで裂けた顔を見せるというもの。
「きれいじゃない」と答えると手に持った鎌で殺されるといわれました。
口裂け女から逃げるには、ポマードという言葉を3回唱えるとか、べっこう飴を差し出すしかないといわれてます。
べっこう飴は、口裂け女の好物でこれを食べている間に逃げ出すということ…。
今考えるとなんともでたらめな都市伝説だったように感じますが、当時の子供たちは真剣だったのでしょうね。
新聞・テレビなどマスコミの報道もあってこの都市伝説は全国的に広がりパトカーが出動したり集団下校する学校があったりと当時、全国的な大騒動になりました。
では、この『口裂け女』なぜこんなに全国的な広がりをみせたのか?
一説によると自衛隊が在日米軍・CIAと協力して情報伝達の速度を計る実験だったというこれまた都市伝説的な話しもありますが、本当のことは分かりません。
現在、有力とされている説は、岐阜県のひとつの家庭から始まったというものです。
70年代の後半というとちょうど受験戦争が激化した時代です。
79年には、「3年B組金八先生」の放送がスタートしました。
武田鉄矢・杉田かおる・鶴見辰吾・三原順子・田原俊彦・近藤真彦・野村義男・小林聡美などが出演し15歳の妊娠や受験戦争、非行などがテーマの第一シリーズです。
このキャスト、今にして思えばそれがすでに都市伝説かと。
話しそれましたが、当時は誰もが我先にと塾に通いだした時代なんです。
岐阜県のある家庭では、子供を塾に通わせるだけの経済的な余裕がありませんでした。
それでも友達と同じように塾に通いたいという子供をあきらめさせるために「塾が終わって夜遅くなると口が裂けた女が現れて襲われるから危険だよ」と苦し紛れについた嘘が、『口裂け女の』の始まりといわれています。
真に受けた子供は、学校に行ってみんなにこの話しをします。
それを聞いた子供たちは、怖い話しとして学区を越えて集まる「塾」という場でこの話しをする。
当時の中部地方は他の地に比べ塾が、多かったのと転勤が多い土地柄ということも手伝ってどんどん広まっていったようです。
ある程度この噂が広まればラジオなどのメディアが取り上げてさらに広がると。
こうして全国的に広がっていったようです。
この口裂け女には、実はモデルがいたともいわれています。
明治時代中期の滋賀県信楽に実在した「おつや」という女性です。
彼女には、山ひとつ隔てた水口という町に恋人がいました。
恋人に会うために女ひとりが山道を歩くのは、危険だということで「口裂け女」に化けました。
白装束に白粉を塗り髪をかき乱して頭にロウソクを立て手には大鎌を持つ、さらに口には三日月型に切った人参をくわえてひとり峠を越えたといいます。
実在した人物らしいのでこの「おつや」を「口裂け女」として子供に話したとも考えられます。
そしてもうひとつ。
ちょうど口裂け女が話題になる10年ほど前の1964年8月に岐阜県内で観光バス2台が川に転落し100人以上の死者が出るという大事故がありました。
ほとんどの遺体が回収されるなか川に流されたりで見つからない遺体もあったようです。
しばらくして川の中から女性のものとみられる白骨化した頭部が発見されました。
その骨格を元に復顔したところ、口が耳まで裂けている女性だったそうです。
この事故が岐阜県。
口裂け女の噂の始まりも岐阜県といわれています。
この女性の亡霊の目撃が都市伝説『口裂け女』の始まりなのかもしれません。
信じるか信じないかは・・・
日本国内に留まらず2004年には、韓国で『赤いマスクの女』として新たな都市伝説を生んでいます。
『口裂け女』の都市伝説が、多くの子供たちを(大人たちも含め)騒がせたのは1978年の暮れ頃からです。
地域によっていろんな説がありますが、おおむね概要はこうです。
夜道で長い髪にマスクをした女が「わたし、きれい?」とたずねる。
「きれい」と答えるとマスクをはずして「これでも、きれい?」と耳まで裂けた顔を見せるというもの。
「きれいじゃない」と答えると手に持った鎌で殺されるといわれました。
口裂け女から逃げるには、ポマードという言葉を3回唱えるとか、べっこう飴を差し出すしかないといわれてます。
べっこう飴は、口裂け女の好物でこれを食べている間に逃げ出すということ…。
今考えるとなんともでたらめな都市伝説だったように感じますが、当時の子供たちは真剣だったのでしょうね。
新聞・テレビなどマスコミの報道もあってこの都市伝説は全国的に広がりパトカーが出動したり集団下校する学校があったりと当時、全国的な大騒動になりました。
では、この『口裂け女』なぜこんなに全国的な広がりをみせたのか?
一説によると自衛隊が在日米軍・CIAと協力して情報伝達の速度を計る実験だったというこれまた都市伝説的な話しもありますが、本当のことは分かりません。
現在、有力とされている説は、岐阜県のひとつの家庭から始まったというものです。
70年代の後半というとちょうど受験戦争が激化した時代です。
79年には、「3年B組金八先生」の放送がスタートしました。
武田鉄矢・杉田かおる・鶴見辰吾・三原順子・田原俊彦・近藤真彦・野村義男・小林聡美などが出演し15歳の妊娠や受験戦争、非行などがテーマの第一シリーズです。
このキャスト、今にして思えばそれがすでに都市伝説かと。
話しそれましたが、当時は誰もが我先にと塾に通いだした時代なんです。
岐阜県のある家庭では、子供を塾に通わせるだけの経済的な余裕がありませんでした。
それでも友達と同じように塾に通いたいという子供をあきらめさせるために「塾が終わって夜遅くなると口が裂けた女が現れて襲われるから危険だよ」と苦し紛れについた嘘が、『口裂け女の』の始まりといわれています。
真に受けた子供は、学校に行ってみんなにこの話しをします。
それを聞いた子供たちは、怖い話しとして学区を越えて集まる「塾」という場でこの話しをする。
当時の中部地方は他の地に比べ塾が、多かったのと転勤が多い土地柄ということも手伝ってどんどん広まっていったようです。
ある程度この噂が広まればラジオなどのメディアが取り上げてさらに広がると。
こうして全国的に広がっていったようです。
この口裂け女には、実はモデルがいたともいわれています。
明治時代中期の滋賀県信楽に実在した「おつや」という女性です。
彼女には、山ひとつ隔てた水口という町に恋人がいました。
恋人に会うために女ひとりが山道を歩くのは、危険だということで「口裂け女」に化けました。
白装束に白粉を塗り髪をかき乱して頭にロウソクを立て手には大鎌を持つ、さらに口には三日月型に切った人参をくわえてひとり峠を越えたといいます。
実在した人物らしいのでこの「おつや」を「口裂け女」として子供に話したとも考えられます。
そしてもうひとつ。
ちょうど口裂け女が話題になる10年ほど前の1964年8月に岐阜県内で観光バス2台が川に転落し100人以上の死者が出るという大事故がありました。
ほとんどの遺体が回収されるなか川に流されたりで見つからない遺体もあったようです。
しばらくして川の中から女性のものとみられる白骨化した頭部が発見されました。
その骨格を元に復顔したところ、口が耳まで裂けている女性だったそうです。
この事故が岐阜県。
口裂け女の噂の始まりも岐阜県といわれています。
この女性の亡霊の目撃が都市伝説『口裂け女』の始まりなのかもしれません。
信じるか信じないかは・・・
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